1 対比
前回の範囲とまたがってしまったので意識しづらかったところですが、今回の冒頭部分の描写は、前回のラストの部分と対比になっていました。メインキャラクターと、その他脇役との対比。かなり酔っているメインキャラとそれほどでもない脇役、ひと目を引く外見のメインキャラと、特徴のない脇役。対比が際立つよう描き分けること、同等の質、同等の重さの表現で、対比になるようにすること。
2 比喩
「カササギのように……preenしている(女)」という表現がありました。preenには「羽つくろいする。着飾る。得意がる」等など、いろんな意味があります。どれをとればいいか。この文章の前後を見ると、一貫して動きを描写している部分でもあり、また、カササギが黒い地味な鳥であることを考えると、「着飾った、派手な」といった方向の訳は候補から外れます。私は、この女性が黒いパジャマ姿だったので、「着飾った」は避け、身振りや動きもあらわすのではないかと「気取った」を選びましたが、誤解を招く中途半端な表現でした。「気取った」というと、「派手な」にも近いニュアンスが出てしまいます。
また、「カササギのように」という比喩が、日本人にとって効果的でなければ、とってしまうのも手というお話でした。それから、「カササギのように」という比喩が出てきたなら、せめてカササギがどんな鳥かくらいは調べること!
3 動作と状態 語順
Back and forth in front of them, strutting, trucking, preening herself like a magpie, arching her arms and her eyebrows,bending her fingers back until the carmine nails almost touched her arms, a metallic blonde swayed and went to town on the music.
長くて訳しづらい一文です。
わたしの訳は「男達の前では、カササギのように気取った女が、見せびらかすように身体をくねらせ踊っている。眉を吊りあげ、弓のようにしなった腕に深紅の爪が触れるほど指を反らし、目もくらむような金髪を振り乱して、音楽に身をゆだねている」
この後には、女の金切り声が鋭いこと、パジャマを着ていることといった、「状態」の描写が続きます。
ここは動作の描写と状態の描写を、動作は動作、状態は状態といった感じにまとめた方がいいと感じたので(交互になってしまうと動作の流れが止るので)、女を主語にして、一貫して「動作」として訳出しました。
本当は「腕がしなり、眉が~」というように、腕、眉を主語にしたいところだったのですが(そのほうがカッコいい感じがしたので)そうすると、「状態」になってしまい、次の一文が「動作」の訳になってしまうので、あきらめました。でも、先生のように、語順にこだわらず、中途半端な一文(a metallic blonde swayed and went to town on the music 「動作」)を前に持ってきていれば、「動作」と「状態」をまとめた上で、同時に、腕、眉を主語にする事も可能だったんですね。なるほどー、こういう手があったのか。原文の語順にこだわらず、主人公の目に映ったであろう順番で訳すという手。覚えておこう。
深紅の爪と輝く金髪は、色の対比(並列?)になってるのかなという気もしていたのですが(並べて訳した方がいいのかと)、それは考えすぎだったかな。
4 不自然な時は、逐一訳さない
ひとつひとつ訳すとしつこい台詞がありました。ざっくり意味を捉えて、不自然にならないように、適度に抜いて訳す。
5 読みたいように読まない
Her slipper caught Steve Grayce in the chest. He picked it out of the air,
やっぱり、この場合、サンダルはあたってるよねー。でも当たってない方が、カッコいいと思ったんだもん。宮本武蔵みたいで。ハードボイルドだしさー。なんて、ひねてみてもしょうがありません。自分の読みたいように読まない。冷静に次の台詞との関連も考えて訳すこと。それから基本的なことだけど、誰に向かって何を受けて言った台詞なのか、常に意識すること。思い込まないこと。
6 語感の違いにもっと敏感になること。妥協しない
毎回、反省してますが、今回は「おひらき」という言葉。そういえばこの言葉は、「お終い」の忌み言葉でした。警備員が騒いでいる客に「もうお終いにしろ」と怒鳴る場面だったのですが、忌み言葉の「おひらき」を使ってしまっては、へんに丁寧になってしまいます。
それから、「女を小包のように小脇に抱えて走り出す」。原文が透けて見えるような直訳をしてしまいました。人を小脇に抱えるというのも、人を小包にたとえるのも違和感があります。「脇」「小荷物」に変えるデリカシーが欲しいところ。
7 実験失敗
明かりのついた戸口があって、その前を素通りして、次に明かりのついた戸口に入る。というシーンがあったのですが、「次に明かりがついた戸口」という表現が重いというか、しつこいような気がして、ひねくり回していました。最初に明かりのついた戸口が複数あるように訳しておいて、ひとつめ、ふたつめとすれば「明かりのついた」をダブらせないですむかと思って実験してみたのですが(secondがあったので、原文には無いfirstを補って)、最初の明かりのついた部屋が、前出の部屋であることが分かりづらくなってしまいました。その情報を伝える方が、ここでは重要なことでした。細部にこだわりすぎて大きなことを見失っては駄目。失敗です。
とりあえず、試行錯誤してどうしても上手くいかないなら、やはり原文どおりにするのがいいような気がします。ここのところ、原文からちょっと離れすぎてしまう傾向があるので、しばらく、原文よりに訳すように心がけます。
8 チャンドラー独特の言い回し
チャンドラーの場合、造語をしたりして、辞書に載っていない言い回しを使うとのお話でした。作者の癖も知っておくのも、翻訳では大事なことなんですね。造語を生かし、チャンドラーらしさを出して訳すのがベストなのでしょうが、かなり高度なテクニックになりそうだなー。どうしても浮くようなら、流して訳すのも手ですが、その造語が後ろの方にも出てくるキーワードであれば、逃げるわけにはいかないようです。
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