憑神 浅田次郎著
ふと思えば、そもそもこのブログのタイトルは「本の海 航海記」でした。なのに、9月辺りから翻訳の話ばかりで一冊も本の紹介をしていません。いろいろと読んではいたのですが・・・・・・。このままでは「ほんやくの海 後悔記」になってしまう!(あ、結構いいかも。サブタイトルにしよっかな)
というわけで、この辺りで一冊。ロンググッドバイから数えて4冊目のお風呂読書本、浅田次郎さんの「憑神」です。今年読んだ和書のなかではベストといっていいほど面白い本でした。おかげでお風呂が長くなり、毎日ゆでだこ状態でした。
主人公の別所彦四郎は、裕福な婿入り先からいびり出されて出戻った、貧しい武家の次男坊。ろくな稼ぎもなく、気の強い兄嫁に遠慮しながら、肩身の狭い暮らしをしている。そもそもいびり出されたのも、家柄が悪いからというだけで、自分にはなんの落ち度もない、文武両道で、誰からも出世頭と目されていた自分がどうしてこんな目に・・・。あまりの運の悪さに、霊験あらたかと噂の高い「三囲(みめぐり)稲荷」に出世の願をかけるが、これがとんだ「みめぐり」違い。彦四郎が手を合わせたのは、出世どころか、貧乏神、疫病神、死神の三邪神が、順繰りに、拝んだ者にとり憑くという、「三巡(みめぐり)稲荷」だった・・・・・・。
とにかくテンポがいい。会話がいい。まるでうまい落語を聴いているような気分になってきます。時代小説で、見慣れない言葉も多いはずなのですが、読みづらさを微塵も感じさせません。これなら、時代小説が初めてという方でもとっつきやすいと思います。それでいて、ふんわり軽いおかしのような「しゃばけ」シリーズ(好きですが)と違い、中身もぎゅっとつまって滋養もたっぷり、もちろんお味も最高です。
今風の言葉で言うなら、登場人物たちの「キャラがたって」います。一癖もふた癖もあるキャラクター達が次々登場。しゃれた着物を着こなした大店のあるじ風の貧乏神、雲をつくような巨漢の力士の姿をした疫病神、愛くるしい少女姿の死神。出てくるキャラクターは皆どこかあったかみがあり、この三邪神ですら、彦四郎の人柄にほだされて、つい矛先を緩めてしまうような人(神?)の良さを持ちあわせています。
中身の濃さも魅力。ラストサムライよりずっとラストサムライでした。何億も制作費かけて、トム・クルーズまで使って映画を撮らなくても、浅田さんがひとりで書いちゃってるじゃないの。最後のサムライの矜持を。おそるべし浅田ワールド。鋭くて苦い真実も、こんなふうに舌触りがよくて美味しい皮に包まれたら、いくつでもいけてしまいます。やっぱり、苦いものを苦いまま出すんじゃ能がないし、粋じゃない。その点、腕の確かなすばらしい作家さんだと思いました。(そういえば「復讐はお好き」のカール・ハイアセンもそうですね。)「ぽっぽや」のイメージが強く、今までなんとなく手が伸びなかったのですが(いかにも泣かせますぜ!って感じのものはつい敬遠しちゃいます。結局泣かされるんですけどね)、もっと早く読んでおけばよかった。でもこれからの楽しみが増えました。次は「椿山課長の7日間」を読んでみよ。
ちなみに、9月から読んだ本は 「ロンググッドバイ」(村上春樹)、 「狂骨の夢」(京極夏彦) 「海辺のカフカ(上)(下)」(村上春樹)、 「照柿(上)」(高村薫)、「メソポタミアの殺人」(アガサクリスティー) 「ちんぷんかん」(畠中恵)、そしてこの「憑神」です。 あとは今読みかけの本が3冊くらい。年末年始の移動中に片付けちゃおうと思ってます。
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