« 久しぶりに授業  | トップページ | 今回試してみてよかった方法 »

コンビニ・ララバイ 池永陽著 

いい本を読むと、なぜか、座っていられないような気分になって、部屋中を落ち着きなくぐるぐるまわってしまったりするのですが、この本もそんな本でした。昨日の夜は枕元にティッシュの山が出来てしまった。(涙腺がゆるいもので)

以前読んだ「走るジイサン」は、息子の嫁に恋心を抱くジイサンの頭上に、ある日突然猿が現れるという奇妙奇天烈な設定。なのになぜかリアルで引き込まれるのは、人物にしっかりとした影があるから。正義感があって真っ直ぐで・・・なんていう、二次元の薄っぺらいヒーローはこの人の作品には登場しない。

この「コンビニ・ララバイ」の登場人物たちの足元にも濃い影がちゃんとある。舞台は町の小さなコンビニ、ミユキマート。オーナーは交通事故で妻と子供を亡くした幹夫。幹夫の持つ、やさしい暗さがコンビニを訪れる人たちの心のひだを撫ぜる。

皆それぞれの人生の中でもがいている。万引きを繰り返す女子高生は、彼氏の命令で中年男と援助交際をしながらも彼を嫌いになれない。水商売の克子は、真剣に結婚を申し込んできた客の石橋に心を動かされながらも、どうしようもないヒモ男の栄三と離れることが出来ない。劇団員の香は役めあてで妻子もちの演出家小西と寝るが、それでも役をもらえず、恨みながらも小西への尊敬の念を捨てきれない。

こんな場合、この彼氏やヒモ男や演出家を、悪役で描いてしまえばすっきりするのだろうが(でもチープになるのは間違いない)、この作家はそうはしない。悪役であるはずの彼らを、人間的で、ある種魅力的でさえある人物として描く。この人の描く愛は、ピンク色のお菓子のような愛ではなく、こすってもこすっても落ちないどす黒いシミがついたような愛だ。

解説で北上次郎さんが、この作品を評して「重松清と浅田次郎を足したような小説」と書いているが、私はさらに石田衣良も足して、そこから重松清と石田衣良の青臭さ(←これが好きなところでもあるんですが)をぬいたような作品という感じがする。少し引いて、現実の醜さを見据えながらも、それでいてとてもやさしい目線だ。人間ってあほだね、しょうもないね、でも、なんかいいよね。そういってる感じがする。

挿話や小道具の使い方が効いている。たとえば、水商売の克子が、ヒモ男栄三のゴワゴワした硬い髪が立てる音を聞くたびに思い出す、生まれ故郷の「わら布団」。ひなたの匂いとわらの音。貧しさと暖かさ。幼い日の思い出。帰りたくても帰れない故郷。わら布団を出したことで、ぶわっと世界が広がっていく。どうしようもない男なのに、なぜか別れられない気持ちがリアルに伝わってくる。うまい作家だなあと思う。

|

« 久しぶりに授業  | トップページ | 今回試してみてよかった方法 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: コンビニ・ララバイ 池永陽著 :

« 久しぶりに授業  | トップページ | 今回試してみてよかった方法 »