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今年もフェルメール展に行ってきました

今年はなんと7点も来るということで(早世の画家なので30点くらいしかないのです)、混雑を予想し、昨日の金曜、お休みをとって見に行ってきました。平日なのにかなり混んでました。おかげで、絵に見とれているうちに、友人とはぐれてしまったりというハプニングもありましたが、やっぱり見に行ってよかった・・・。

「小路」と「手紙を書く婦人と召使」が特によかった。「小路」は、見たとたん、友人とおもわず、「これ欲しーい!」(なんて身の程知らずな・・・)と声を合わせてしまうほど素敵な作品でした。赤いレンガの建物の戸口では、女性が何か繕い物をしており、そのかたわらで子供たちが遊んでいます。画面中央には小さな門が開いており、奥へとのびていく路地に、自然と視線が誘われていきます。その奥には、赤い服をきた婦人が、軽く腰をかがめて立っています。家事をしているのか、それとも誰かに挨拶でもしているのか。なんでもない日常の光景なのですが、温かさと穏やかさに満ちています。17世紀の、なんでもない一日に向かって開く、小さな窓のようでした。 こんな絵を部屋に飾れたらいいよなー。部屋が17世紀につながるようで。本物はとても無理なのでせめてと思ってポストカードを買ってきました。でも、やっぱりあの、視線を奥へいざなってくれるような感じはなくなっちゃいますね。

「手紙を書く婦人と召使」は、まさに静謐。静謐というエッセンスが、抽出されてそこに存在しているような絵でした。誰に書いているのでしょう、窓辺で、若い婦人が一心に手紙を書いています。そのかたわらには召使が控え、手紙が書きあがるのを待っています。誰か通ったのか、召使は窓の外をちらりと見ています。その小さな「動」きが、女主人を包む「静」けさを一層引き立てているようでした。内なる誰かに語りかけながら手紙を書く若い婦人。内の世界に向かっている彼女と、外の世界に目をやる召使が、コントラストになっています。

7点のなかには、初期に描いた宗教画もありましたが、キリストを描いた絵よりも、この2点のように、なんでもない日常のひとこまを描いた絵のほうが、ずっと厳かで神聖な感じがするのが不思議でした。

ずっと楽しみにしていたので、見終わってしまってなんだか寂しい気分です。フェルメールはここ3年くらい毎年来ているから、来年もなにかくるかな?一度でいいから、青いターバンの少女は見てみたいなあ。あれは門外不出?かなあ、やっぱり。

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